▲晩秋、球状の散房花序に小さな紅紫色の花を多数咲かせる。 | ▲山地の草原のほか、海岸近くの湧水湿地の辺縁部など、やや湿った草地に広く生育する。 |
ヤマラッキョウは、秋田県以南の本州、四国、九州のやや湿った草原に生育する多年草で、国外では朝鮮半島・中国・台湾にも分布します。栽培されるネギ類やアサツキ、ニラなどと同じネギの仲間ですが、ネギの仲間は、旧来の分類体系(エングラー/クロンキスト)ではユリ科とされていました。現在の分類体系(APG)では、ヒガンバナやスイセンの仲間とともにヒガンバナ科とされています。主に山地の草原に生育するとされますが、岡山県では県中~北部の草地を中心に、海岸近くの湧水湿地の辺縁部の草地などでも生育しているのに出会うことがあります。
花は9~11月ごろ(当園では10~11月ごろ)で、高さ30~60cmほどの花茎の先に紅紫色の小さな花を多数、球状の散形花序に咲かせます。花被片(花びら)は6枚、長さ5~6mm程度の長楕円形で先は丸く、中央部には濃紅紫食の筋が1本あります。開花しても平開(花びらが水平に開く)ことはありません。雄しべは6本、中央に1本の雌しべがあります。雄しべは花被片より長くなって花の外部に突き出します。地下には長さ2~3cm程度の狭卵形の鱗茎があります。この鱗茎は栽培のラッキョウ同様に食べることもできますが、ラッキョウに比べてあまり分球しない(増えにくい)うえ、香り(ニラ臭)も弱いため、山菜として利用されることはほとんどないようです。葉は茎の下部に3~5枚がつき、20~50cmの線形、栽培のネギなどのように中空になっていますが、断面は鈍三角形(角の丸い三角形)をしています。
▲花被片は6枚あり、中央部には濃紅紫色の筋がある。花は平開せず、雄しべは花の外部に突き出す。 | ▲地下には長さ2~3cmの狭卵形の鱗茎がある。食べられるが、香りが弱いため、利用はほとんどない模様。 |
ちなみに、本種の花が咲き始めてから咲き終わるまでを、よく観察してみると、面白いことに、雄しべや雌しべの成熟には、決まった順番があるようです。
▲(①:左)まず3本の雄しべが伸びる。/(②:右)残り3本の雄しべは遅れて伸びるが、1本はさらに遅れる。 | ▲(③:左)最後の1本の雄しべの葯が残っている。/(④:右)すべての葯がはじけ、雌しべも成熟する。 |
雌しべよりも雄しべの方が先に成熟することを、「雄性先熟(ゆうせいせんじゅく)」と言い、本種の花はこれにあたるようです。これは自分の花粉で受粉してしまうこと(自家受粉)を避け、他の株の花粉で受粉する(他花受粉)ための植物の工夫ですが、本種はさらに6本ある雄しべの成熟するタイミングを3段階にずらすことで、昆虫による花粉媒介のチャンスを増やしていると考えられます。花粉を運ぶ昆虫の少なくなる晩秋に咲く花ならではの工夫ではないかと思われます。
和名は「山に生えるラッキョウ」を意味します。ラッキョウ A. chinense は平安時代頃に渡来したとされる中国原産の栽培種ですが、ネギやアサツキ、ノビルの花期が春なのに対し、本種はラッキョウと同じく、秋咲きであることも和名の理由の一つであるようです。また、学名(種小名)の thunbergii は、命名者であるスコットランドの植物学者、ジョージ・ドンが、スウェーデンの植物学者、カール・ツンベルクに献名したものです。
本種の花は、派手ではありませんが、枯れはじめた植物の多い晩秋の草原をリンドウなどとともに彩っている光景は、なかなか趣深いものがあります。
(2019.11.17 改訂)
▲リンドウなどとともに、晩秋、最も遅くまで見られる花の一つである。(撮影:2010年10月、岡山県真庭市 蒜山高原) | ▲食用のラッキョウの花。ラッキョウと同じく、秋咲きであることが、ヤマ“ラッキョウ”の名の由来。 |