重井薬用植物園植生調査報告書

 

                                                           2007430

岡山大学資源生物科学研究所  野生植物研究室

榎本敬・山下純

はじめに

 

 重井病院からの依頼を受け、重井薬用植物園の植物相を調査した。調査の目的は植物園内の高等植物相を明らかにすることと、主要な樹木の分布位置を明らかにすることと、それぞれの地域における植物相を明らかにすることであった。植物標本の作製と種子の採取並びに保存も併せて行った。

 

調査方法

1.調査区の設置

重井薬用植物園は、温室と農園のあるエリア(温室エリア)と、谷底湿地と周辺の山林からなるエリア(山林エリア)に分かれている。今回の調査は、これらの2つのエリア内に見られる維管束植物に限定した。ただし、非維管束植物のうち、谷底湿地を標徴するミズゴケ(Sphagnum)だけは記録した。園の外側に生じる植物は全く調査しなかった。温室エリアでは、植栽種、自生種を問わず、温室内に見られる植物、温室外に見られる植物に分けて記録した。山林エリアでは、測量によってA〜Qの17区域に分割して調査した。区域の境界は地図上に示されている。A〜Q区域の設定は、特に地形や植生型とは対応していないが、A区域は休耕田の草原、D区域とH区域は谷底湿地と一致する。(植物園図面

 

2.木本の調査

温室エリアでは、個体にナンバープレートをつけず、樹種の記録のみにとどめた。山林エリア内では、自生または植栽された樹木に、次の1〜3の基準に従ってプラスチックのナンバープレートを取り付けた。1.高木になる種については、胸高直径がおよそ5cm以上の全ての個体にナンバープレートをつけること。2.低木、小高木になる種については、主な個体にナンバープレートをつけること。3.A〜Qの各区域について、1区域内に確認された全ての種の少なくとも1個体にナンバープレートをつけること(プレートをつけられない幼木の場合は記録のみ)。ナンバープレートは、ピンク、黄色、白、青の色ごとにそれぞれ通し番号がついている。ナンバープレートをつけた全ての個体を同定した。区域境界の目印にもナンバープレートを使用した。今回の調査は、森林生態学的なものではないので、毎木調査のような厳密性は要求せず、胸高直径や樹高は測定していない。

 

3.草本の調査

園内に見られたシダ植物と種子植物の草本について、生育が確認された区域を、温室エリア(温室内と温室外)、山林エリア(A〜Q区域)に分けて記録した。全ての種の標本を作ることはせず、原則的に調査員が現地で同定し、調査シートに記録した。植栽されたものか自生であるかの区別は困難なことが多く、分かる範囲で記録した。

 

4.標本の作成

一部の種については、植物体を採取して証拠標本を作製した。標本は全て岡山大学資源生物科学研究所野生植物研究室の標本庫(RIB)に保管されている。また、種子の採取が可能な場合には、種子標本を集団単位または個体単位で採取し、岡山大学資源生物科学研究所野生植物研究室の標本庫に冷凍保存した。これらの標本は、将来の研究に用いられる可能性がある。

 

5.植物リストの作成

今回の調査で植物園内(温室エリア、山林エリア)に確認された全種(草本、木本)について、植物名(エングラー配列)と出現区域(出現区域を○で表す)の一覧表を作成した。古屋野先生からの聞き取りによって得た情報がある場合には付記し、「○あるはず」は今回の調査では確認されなかったが古屋野先生によればあるもの、「×ないはず」は今回の調査で同定されたが古屋野先生の記憶にないものを表す。標本を作製した種については標本番号(RIB)と採集区域を明記した。またこれとは別に、木本および地区境界線目印については、プレートの番号、種名、出現区域の一覧表を作成した。プレートをつけた樹木がA〜Qのどの区域に存在するかは、この表から知ることができる。A、B、Cの3区域の境界上にある場合はABCのように表示されている。それぞれの個体の位置を地図上にプロットすることはしなかった。

 

6.調査日並びに調査者

 表1.重井薬用植物園の植生調査者名簿

調査日

調  査  者

2006. 4.13(木)

榎本敬、山下純、木下延子、片山久、林智子、小橋理絵子、裾分由美子

  5.15(月)

 

榎本敬、山下純、小澤佑二、木下延子、片山久、林智子、溝手啓子、一色昌子、 小橋理絵子、小畠裕子、島岡浩恵

     6.12(月)

 

榎本敬、山下純、小澤佑二、木下延子、片山久、林智子、狩山俊悟、一色昌子、 小橋理絵子、小畠裕子、島岡浩恵

      7. 3(月)

 

榎本敬、山下純、小澤佑二、木下延子、片山久、林智子、溝手啓子、小橋理絵子、島岡浩恵

     8.11(金)

 

榎本敬、小澤佑二、木下延子、片山久、林智子、一色昌子、溝手啓子、         小橋理絵子、小畠裕子、裾分由美子、森下裕子

     10. 3(火)

 

榎本敬、山下純、小澤佑二、木下延子、林智子、溝手啓子、一色昌子、         小橋理絵子、島岡浩恵、森下裕子、古市朋恵、河野幸世

      11. 7(火)

 

榎本敬、山下純、小澤佑二、片山久、林智子、溝手啓子、一色昌子、小橋理絵子、島岡浩恵、森下裕子、岡田有里子、河野幸世

      12. 4()

榎本敬、山下純、片山久、林智子、一色昌子、島岡浩恵、岡田有里子、河野幸世

 これ以前と間にも打ち合わせや下見などの調査を行った。

調査結果

 

1.樹木プレート名データ

 それぞれの樹木につけたプレートの色と番号とそれに対応する植物の学名、和名、科名番号(小さい順に並べるとエングラーの分類体系順となる)、科の学名、科名、地区名、備考を表2に示した。全部で1,365枚のプレートを付け、それぞれのプレートがどの地区に存在するかが示されているため、この表を元に植物リストを作り直せば、将来の見学者などにも樹木の名前を教えるのに役立つと考えられる。調査の基準に用いた標準木には桃色のラベルを付け、位置を測定して、地図上に1から44 で位置を示した。同じく標準木とした別の4本の樹木には黄色のラベルを付け地図上では黒丸の1から4で示した。

 

2.植物リスト

 今回の調査で確認できた維管束植物と今回は発見できなかったが古屋野先生があるはずと言われた48種を加えたものを表3に示した。項目名は科名番号、学名、和名、科学名、科名、地区名(温室回り、温室内、A〜Q)、古屋野先生からの情報、標本番号となっている。出現種数は140788種に及び、岡山県内における植物園で見られる種類数としてはトップクラスであった。もともとの自生種か外部から導入されたものかは、私たちの判断できないものも多かったが、古屋野先生が導入されたり、記録されているものに関しては古屋野先生からいろいろお教えいただいた。

 

3.絶滅危惧植物など

 表3にあげられた植物の中から「岡山県版レッドデータブック」に取り上げられた種類を選び出し、そのカテゴリーを付けて、表4に示した。3863種の植物がこの植物園内に生育していた。湿地の植物を中心にこれだけ多くの種類が保存されているのは県内では珍しく、面積も大きな岡山県自然保護センターに匹敵する内容である。

 この中でハマヒサカキは「岡山県版レッドデータブック」では野生絶滅となっていたが、2006年に玉野市で再発見されている。オオカナメモチも野生では絶滅している。ヤチシャジンも岡山県では永らく発見されておらず、貴重な植物である。

 

おわりに

 

 故重井博先生が開設され、古屋野寛先生が長らく植物の面倒を見ておられる重井薬用植物園の植生調査をさせていただいたが、改めてその内容の豊富さと貴重さを実感することになった。湿原も森林も放置すれば遷移が進行し、かなりの種類が見られなくなると考えられる。手のいることであるが、今後も管理を継続していただくことを希望いたします。 

参考文献

 

榎本敬・藤沢浅・笠原安夫 1980. 「岡山大学農業生物研究所蔵 植物標本目録(兼・岡山県植物目録),  岡山大学農業生物研究所, 204pp.

難波早苗 1993. 「岡山県内に自生する特殊な植物」,岡山県環境保全事業団,250pp.

倉敷市立自然史博物館 1994. 「倉敷市生物目録」,倉敷市立自然史博物館,pp.3-86

大久保一治 1999. 「私の採集した岡山県自然植物目録 増補改訂版」,岡山花の会,358pp.

榎本敬 2001. 鬼城山環境調査報告書(高等植物). 「鬼城山環境調査報告書」, 総社市教育委員会, 総社市, pp. 53-100.

 榎本敬・小畠裕子・林智子・山根宏子・仁木葉子・狩山俊悟 2002. 「清音村植物目録」,  清音村,  92pp.

岡山県 2003. 「岡山県野生植物目録」,財団法人岡山県環境保全事業団, 岡山市, pp.295-378.

岡山県生活環境部自然環境課 2003. 「岡山県版レッドデータブック」, 財団法人岡山県環境保全事業団, 岡山市, pp.209-402.

榎本敬・木下延子・溝手啓子・小畠裕子・片山久・貝原千恵子・一色昌子・栢野邦子・片岡博行・小畠辰三・狩山俊悟 2003. 「北の吉備路環境調査報告書」, 岡山県総社市, pp.145-253.

片岡博行・榎本敬・木下延子・溝手啓子・片山久・一色昌子・小畠裕子・狩山俊悟 2005. 「総社市植物目録」, 岡山県総社市生活環境部環境課, 総社市, 219pp.

小畠裕子・狩山俊悟・榎本敬・仁木葉子編 2005. 「岡山市植物目録」, 岡山市役所環境局環境保全部環境調整課, 岡山市, 259pp.

狩山俊悟・榎本敬・片岡博行・小澤佑二・木下延子 2006. 「向山の植物. 倉敷の自然」, 倉敷市市民環境局環境部, pp.19-40.

藤野睦子・裾分由美子・島岡浩恵,2006.「玉野市のハマヒサカキ」.しぜんしくらしき,(56):2-3