▲日当たりの良い雑木林などの林床に普通に生育する常緑小低木。 岡山県下にもほぼ全域に分布する。 | ▲葉は長さ3~13cm、幅2~5cm程度の長楕円形。 縁には細かい鋸歯があって表裏ともほとんど無毛。 |
ヤブコウジは、北海道から九州にかけての雑木林など日当たりのよい林床に比較的普通に生育する、高さ10~20cmほどの常緑小低木です。 国外では台湾、朝鮮半島、中国にも分布します。 花や果実がついていなければ他の樹木の実生のようにも見え、それほど印象に残る植物ではありませんが、岡山県においては、ほぼ全域に分布している普通種です。 本種などヤブコウジ属の植物は、エングラーなど旧来の分類体系では「ヤブコウジ科」とされていましたが、近年主流となっているAPG分類体系では、サクラソウ科に含められています。
地上に見えている部分は普通せいぜい10cm程度ですが、腐植(腐葉土)のあるような、土壌表層のごく浅い位置に細く長い匍匐茎を伸ばしています。 葉は比較的硬くて光沢があり、長さ3~13cm、幅2~5cm程度の先のとがった長楕円形、表裏ともほとんど無毛、縁には細かい鋸歯があります。 地上茎の上部に3~5枚程度の葉が輪生状に着くほか、通常の葉の下部の茎には鱗片状になった小型の葉(鱗片葉)があります。 匍匐茎と地上茎の下部はほぼ無毛ですが、地上茎の上部や葉柄、花序などには非常に細かい粒状の毛があります。 葉は通常は緑色ですが、冬期に寒さにあたると鮮やかに赤く紅葉する(落葉するわけではない)場合があり、このような性質も後述するように、かつて園芸植物として人気を博した一因かもしれません。
▲土壌表層のごく浅い位置に長い匍匐茎をのばしている。 中国名「紫金牛」はこの匍匐茎の色味に由来。 | ▲花は7~8月。 花冠裂片や葯には紅紫~暗紫色の腺点がある。葯の中央から突き出しているのが花柱。 |
花は7~8月頃、葉腋または鱗片葉の葉腋から散形状の花序を出し、直径5~8mmの白色の花を2~5個下向きに咲かせます。 花冠は5裂しており、裂片は広卵形、紅紫~暗紫色の腺点があります。 葯(雄しべ)は狭卵形で5個が花柱を隙間なく取り囲むように並んでおり、暗紫色の腺点が並んでいます。
果実は核果(種子に見えるのは内果皮の変化したもので本当の種子はその中にある)で、直径5~6mmの球形、10~11月に赤く熟し、美しい光沢があり、同属のマンリョウの果実をやや小ぶりにしたような姿ですが、マンリョウのように鈴なりに付くようなことはなく、普通は1本の地上茎に着くのは1~2個程度です。 マンリョウの果実同様に、内部はほとんど核で占められています。 果実は野鳥や動物が食べて糞と共に散布する、鳥あるいは動物散布の植物と考えられますが、可食部が少ないためか、冬になってもなかなか食べられず、長く残っています。
▲果実は美しい光沢のある球形で、秋に赤色に熟す。 果実を「柑子(こうじ/ミカン)」に例えたと説明されるが…。 | ▲果実内部はほとんど核で占められる。 そのためか、なかなか鳥に食べられず、冬になっても長く残っている。 |
本種は江戸時代中期に園芸植物として盛んに栽培されるようになり、斑入り、白実品種など多くの園芸品種が作出されました。明治時代にも新潟県などで栽培ブームが起こったといいます。 現在はかつてほど盛んに栽培されていませんが、正月の寄せ植えでは本種は「十両」とよばれ、マンリョウ(万両)、センリョウ(千両)、カラタチバナ(百両)などとともに用いられます。
和名は「藪・柑子」で、藪(やぶ)に生える柑子(こうじ)の意味です。 柑子とはミカンの仲間のことですが、明らかに柑橘の仲間ではない本種をなぜ「柑子」と呼んだのかについては、一般には「果実の形などが柑子に似ているから」と説明されることが多いようですが、赤い色が特徴的な本種の実は、黄色に熟すものが多いミカン科の果実にはそれほど似ているようには思えません。 ただ、本種は万葉集にも「やまたちばな(山橘)」の名で登場しています。 「橘」は日本在来の野生の柑橘類、ミカン科のタチバナ Citrus tachibana を指しますので、本種と柑橘類の間には何らかのつながりがあるのは確かなようです。 木下(2010)は、本種の葉が「髪削ぎ」〔男女の童が、髪置(髪を伸ばし始めること、通例、三才のとき行う)の後、伸びた髪を切りそろえること〕の儀式に使われたとし、「山橘という名は、タチバナと同じく辟邪の霊力をもつとしてつけられたと思われる。」(木下武司.2010.万葉植物文化誌.八坂書房.p.574)としています。
▲冬期、寒さに当たると葉が紅葉することもある。このような変化も園芸種として好まれた理由か。 | ▲斑入りの園芸品種。果実が葉の下に実る野生品と異なり、果実は葉の上に突き出す。(写真提供:植物園ボランティア) |
また、漢名(中国名)は「紫金牛」といい、匍匐茎を乾燥させたものの生薬名でもあります。 「紫」は匍匐茎がやや赤紫色をおびていることに由来するようですが、「金牛」の由来については、はっきりせず、木下(2010)によれば「中国ではなかなかその名は定まらなかった。」といい、「紫金牛」と呼ばれるようになったのはそれほど古い時代ではないようです。 筆者の推測ですが、「金牛」はおうし座の中国の星座名「金牛宮」のことで、赤く輝く1等星アルデバランに赤い果実を例えたのではないかと思われます。