▲日当たりが良く乾燥気味の草地に、ごく普通に生育する大型のシダ植物。日本には1亜種のみが分布する。 | ▲葉身は三角状広卵形、3回羽状複生だが、基部の羽片では4回羽状全裂になることもある。 |
ワラビは、北海道から沖縄にかけての田畑周辺、林縁など、日当たりが良く乾燥気味の草地にごく普通に生育する高さ50~100cm程度の夏緑性の多年生シダ植物です。 広義のワラビ P. aquilinumは北アメリカからヨーロッパにかけての温帯、アジアの温帯~暖帯に広く分布するとされ、日本に分布するものは従来は北米に分布する亜種 subsp. latiusculum と同一として扱われてきましたが、遺伝的には区別可能であるという研究結果があり、近年は亜種 subsp. japonicum として扱われることが多いようです。 この亜種は東アジアを中心に分布しており、日本にはこの亜種のみが分布します(海老原淳 著.2016.日本産シダ植物標準図鑑Ⅰ.学研.p.367)。
▲葉柄基部と根茎は暗褐色~黒色、褐色の毛が生えている。根茎の太さは径1cmほどで地中を長く這う。 | ▲小羽片の裂片は長楕円形で鈍頭、羽片と小羽片の先では切れ込みが無くなることが特徴のひとつ。 |
地中には直径1cmほどで褐色の毛がある黒色の根茎が分枝しつつ長く這っており、地上に見えている部分はすべて「葉」にあたります。 葉柄は長さ1m近くになる場合もあり、日本のシダ植物としては大型の部類です。 葉柄は淡緑色ですが、基部(地際付近)は暗褐~黒色で、根茎同様の褐色の毛が生えています。 葉身は三角状広卵形、質は硬い紙質(日照の強い場所などではやや厚くなり革質)、3回羽状複生(切れ込みが独立して葉状になる)ですが、基部の羽片(葉の中軸から枝分かれした先の部分)では4回羽状全裂(ほぼ完全に切れ込む)になることがあります。 小羽片の裂片は長楕円形で鈍頭、全縁でふちはやや裏側に巻き、羽片と小羽片の先端では切れ込みがなくなることが特徴のひとつです。 ソーラス(胞子嚢群)は、夏頃に、裂片の縁に沿うように線状に付きますが、集団によっては、ほぼソーラスが見られないことも珍しくなく、植物図鑑によっては「ソーラスが付くことはまれ」と書かれていることもありますが、日当たりが悪かったり、夏前に1度でも草刈りされるような場所ではソーラスが付かない場合が多いようです。 根茎に十分に養分が蓄積された状態でのみソーラスが付き、草刈りなどにより少しでも栄養状態が悪くなった場合にはソーラスが付かないように思われます。
▲ソーラス(胞子嚢群)は、夏頃、裂片の縁に沿うように線状に付くが、攪乱を受けた集団では付かないことも普通。 | ▲春の芽生えは山菜として食用とされる。有毒成分を含むため、しっかりと下処理(灰汁抜き)を行うことが必要。 |
本種は春の芽生え(展葉前の葉)を山菜として食用にすることで知られますが、生の植物体にはプタキロサイドという発がん性のある成分や、チアミナーゼというビタミンB1を壊す酵素が含まれており、ウシやウマなどの家畜が過剰に摂食すると中毒を起こすことが知られています。 これらの物質は人間にも有毒ですが、草木灰や重曹などと茹でることでアルカリ処理したり、塩蔵(塩漬け)したりすることでほぼ無毒化されることが明らかとなっており、しっかりと灰汁抜きなどの下処理、調理を行えば、通常、問題になることはありません。 また、根茎はデンプンの含有率が高く、得られるデンプンは「わらび粉」として古くからわらび餅などの原料として使われているほか、飢饉の際には救荒食として利用されたとされます。 現在でもわらび餅は食べられていますが、現在販売されているものは「本わらび粉」と書いてあっても、実際にはサツマイモなどの他の植物のデンプンが大半であるものが多く、本種のデンプンのみのものはなかなか販売されていないようです。
▲根茎から採れるデンプンが「わらび粉」(左)。わらび粉100%のわらび餅(右)は黒っぽい出来上がりである。 | ▲「ワラビ」の名は、シダ植物全般の和名として広く使われている。写真はヒメシダ科のハリガネワラビ。 |
和名の「わらび(蕨)」の由来については「展開中の葉の形が童(わらべ)の手に似ているからという説、藁に火がついたように見えるからという説」(海老原.2016)、「茎(から)と芽(め)を合わせたカラメに由来するという説もある」(岩槻邦男 編.1992.日本の野生植物 シダ.平凡社.p.105)など、諸説ありますが、「童手(わらべで)」、「童手振り(わらべてふり)」など、山菜として採取する時期の新芽の様子を「子供の手」に例えた言葉が変化した、と解説されていることが多いようです。 ちなみに、古くから利用されてきた植物ではありますが、万葉集にはワラビが登場する和歌は意外にも1首だけ、志貴皇子(しきのみこ)の詠んだ「石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」という歌があるのみです。 しかも「岩走る垂水」=勢いよく水が流れている渓流のような場所には、ワラビが生育するとは考えにくいことから、この歌の「さわらび」とは、「ゼンマイそれもおそらく渓流沿いによく生えるヤシャゼンマイ」であろうという説(木下武司.2010.万葉植物文化誌.八坂書房.p.617)もあります。 しかしながらヤシャゼンマイはワラビやゼンマイに比べれば生育数が少ない種であり、「○○ワラビ」のように、「ワラビ」の名が古くからシダ植物全般を指す和名として使われていたことを考えれば、この歌の「さわらび」は、ヤシャゼンマイだけでなく、渓流沿いに生えるシダ植物を広く指していると考える方が適当かもしれません。