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おかやまの植物事典

ショウブ(APGⅢ:ショウブ科/エングラー:サトイモ科) Acorus calamus

当園湿地エリアのショウブ池。泥中に長い根茎を伸ばして群生する。 写真中央の棍棒状のものが花穂。やや低い位置に着くため、良く観察しないと花穂があることに気づかない。

▲当園湿地エリアのショウブ池。泥中に長い根茎を伸ばして群生する。

▲写真中央の棍棒状のものが花穂。やや低い位置に着くため、良く観察しないと花穂があることに気づかない。

 

ショウブは日本全国の池や沼などの水辺に生育する多年草です。泥中に根茎を伸ばして広がり、群生しますが、最近では池の改修などの際に岸辺がコンクリート張りになるなどして、本種の群生するため池も少なくなっているようです。5~6月頃、小さな花が集まった棍棒状の花穂を付けますが、比較的低い位置に付き、花びらもない地味な花のため、良く見ないと花が咲いていることはおろか、あることにすら気付きません。

本種は旧来の分類体系では「サトイモ科」とされてきましたが、近年のDNAを用いた研究の結果、サトイモ科の他の植物とはかなり異なることが分かり、新しい分類体系(APG分類体系)では「ショウブ科」として独立した科とされています。確かに、形態的にもサトイモ科の植物の多くは小さな花の集まった花序を包む「仏炎苞(ぶつえんほう)」を持ちますが、ショウブの仲間には仏炎苞が無い(より原始的な構造の苞を持つ)などの違いが見られるほか、サトイモ科はサトイモに代表されるようにその多くが地下に塊茎(芋)を持ちますが、本種の仲間(日本では本種の他にセキショウ Acorus gramineus のみが自生)は芋を作らず、泥中に根茎を伸ばすなどの生育型の違いがあります。

本種は植物体全体に芳香のある精油成分を含み、葉などを傷つけると大変良い香りがします。この香りが魔を祓うと考えられ、5月5日の端午の節句にはヨモギともに門に飾る、屋根に投げ上げる、軒先に挿すなど、無病息災を願う年中行事に利用されてきました。鎌倉時代以降、武家社会となると「しょうぶ」という名が「尚武(武道を尊ぶ、重んじる)」に通じ、本種の葉の形も刀に似ていることから、端午の節句は「尚武の節句」として武家では特に重要な行事として行われるようになったようです。江戸時代ごろには本種の葉を地面に打ちつけ、音の大きさや葉が先に切れた方が負けという「菖蒲打ち」という子供の遊びも端午の節句の行事の一つとして行われていました。

端午の節句の本種を使った風習には魔除け以外にも、お風呂に入れて「しょうぶ湯」を楽しむ風習があります。「しょうぶ湯」には実は2種類あり、普通「しょうぶ湯」というと、本種の葉のみを風呂に浮かべたものを指しますが、冬に採集した根茎部分を乾燥させたもの(菖蒲根)を砕いて、布の袋に入れたものを少し煎じて煮汁ごと風呂に入れ、薬湯とするのが本来の意味での「菖蒲湯」です。かつては薬湯としての「菖蒲湯」をしたうえで葉も浮かべていたのかもしれませんが、年中行事(節句)としての「しょうぶ湯」は薬とするよりも、さわやかな芳香と葉のみずみずしい緑という季節感を楽しむことが主な目的のため、いつしか葉を湯に浮かべるだけに簡略化されたのかもしれません。また、本種の葉を酒に浸した「菖蒲酒」も端午の節句の風物として楽しまれていたと言います。

ショウブの花穂。小さな花が集まっており、下の方から咲いていく。 「菖蒲」と書いて、「あやめ」と読む、アヤメ科のアヤメ。ショウブから「あやめ」の名を奪い取った?植物である。
▲ショウブの花穂。小さな花が集まっており、下の方から咲いていく。 ▲「菖蒲」と書いて、「あやめ」と読む、アヤメ科のアヤメ。ショウブから「あやめ」の名を奪い取った?植物である。

 

「ショウブ」とは、漢字では「菖蒲」と書きますが、これは「あやめ」とも読みます。大変ややこしい話なのですが、実は本来「あやめ(あやめぐさ)」と呼ばれていたのは本種の方で、アヤメやカキツバタ、ハナショウブ類などアヤメ科アヤメ属の植物を「あやめ」と呼ぶようになったのは、18世紀以降とされます。過渡期にはショウブ類と区別するため、現在のアヤメ属の植物は「はなあやめ」と呼ばれていたようですが、いつの間にか「あやめ」と言えば花の美しい方ということになり、本種の方は混同を避けるためか、漢字の音読みである「しょうぶ」と呼ばれるようになったようです。しかし植物名以外では、「あやめ」の読みは現在でも様々に残っており、端午の節句は別名「菖蒲(あやめ)の節句」とも言いますし、前述の「菖蒲酒」も「しょうぶざけ」ではなく「あやめざけ」と読むのが正確です。その後、アヤメ属の植物の中でアヤメそのものやカキツバタと区別するため、ハナショウブ類を「ショウブに葉が似ていて美しい花が咲く植物」という意味で「はなしょうぶ」と呼ぶようになったようです。さらにややこしい話があり、実は中国において「菖蒲」と表記される植物は「セキショウ(石菖)」の方で、「菖蒲」について記述された書物がが日本に伝わった際、誤って本種が「菖蒲」とされたようです。中国では本種は「白菖」と表記されます。

現在では、本種が身近な植物では無くなったためもあるのか、良く栽培されているハナショウブ類の方を端午の節句の「ショウブ」であると勘違いされている人が大半となっているようです。当園に来られる見学者の方に聞いてみると、だいたい半数をやや超えるぐらいの方が勘違いをされているようです。ハナショウブには本種のような芳香はありませんので、お湯に浮かべても本来の「菖蒲湯」のようなリラックス効果などは期待できませんが、「あやめの節句」などの本来はショウブを指す言葉も勘違いの元となっているのかもしれません。例えば、インターネット上で「菖蒲湯 イラスト」などとして画像検索をしますと、なぜかハナショウブが描かれているイラストを多数見つけることができます。五月人形などに装飾品として付属している造花や屏風の絵柄なども、カキツバタかハナショウブ、あるいはノハナショウブなどアヤメ科の植物ばかりです。場合によっては外来植物であるキショウブ Iris pseudacorus を描いたものもありますが、「本物」を描いたものは皆無です。インターネットの販売サイトなどでは、本種は「匂い菖蒲」などの名がつけられて販売されており、ハナショウブが“ショウブ”として扱われています。植物学的にはともかく、一般的には数百年前の「あやめ」の名に続いて、またアヤメ科の植物に名前を奪われた、といっても良い状態のようです。花の美しさでは到底勝てそうにはないですが、名前をアヤメ科に取られるばかりの本種が少しかわいそうな気がしてきます。

当園では、湿地エリアの湿地の奥にある小さな池に本種を植栽しており、端午の節句前後には見学に来られた方に差し上げて喜ばれています。

(2018.5.5 改訂)

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