▲園芸植物として親しまれ、「二ホンスイセン」と呼ばれることもあるが、地中海沿岸が原産と考えられている。 | ▲花は12~4月にかけて咲き、芳香がある。花の中央にある黄色の杯状の部分は「副花冠」と呼ばれる。 |
スイセンは関東以西の本州、四国、九州にかけて分布する多年草です。おもに海岸や海岸に近い地域で群生が見られますが、植栽されたり、逸出(栽培条件下からの逃げ出し)したものが各地の路傍や河川敷などでも普通に見られます。スイセンの仲間は、非常に多くの園芸種・園芸品種があり、副花冠が長くラッパ状につき出たラッパスイセン N. pseudonarcissus などもよく見られます。もっとも普通にみられる変種 var. chinensis は「二ホンスイセン(日本水仙)」とも呼ばれ、日本原産の植物と思われがちですが、スイセン属の植物は日本原産ではなく、地中海沿岸地域を原産(地中海沿岸からアジア中部、中国にかけてとも)とする植物で、日本へは古い時代に中国経由で渡来し、野生化したと考えられています。
花期は12~4月とされますが、寒い地域ではやや遅くなり、雪解けの時期に花を咲かせるので「雪中花」との別名もあります。花は20~40cm程度の花茎の先に散状に数個付き、直径3cm程度、花被片はふつう白色で6枚あり、平開します。花の中央部には「副花冠」という黄色で杯型の部分があります。花被片の下部は合着して筒状、花柄基部には3~6.5cmの膜質の苞があります。花には芳香がありますが、2n=30の3倍体のため、結実はせず(スイセン属の他の種には結実するものもある)、地下の卵球形の鱗茎(球根)により増殖します。葉は幅0.6~1.6mm、長さ20~40cmの線形、先は鈍頭、全体に粉白色を帯びています。
▲花は花茎の先に数個付き、花被片は6枚、基部は合着して筒状となる。花柄の基部には薄い膜状の苞がある。 | ▲葉は長さ20~40cmで花茎とほぼ同長。先は鈍頭(丸い)で、全体、粉白色を帯びた緑色。 |
属名の Narcissus は、ナルシシズム(自己愛)の語源ともなっている、ギリシャ神話のナルキッソスの伝説に由来します。ナルキッソスという美少年に恋をしたエコーというニンフ(精霊)が、最高神ゼウスをおしゃべりで時間稼ぎをすることでかばったため、ゼウスの妻である女神ヘラに「話しかけられたのと同じ言葉しか繰り返せない呪い」をかけられ、その結果、ナルキッソスに拒絶され、悲しみのあまり声だけの存在となってしまいます(英語のこだま echo の語源)。それに怒った女神ネメシスが、「自分しか愛せない呪い」をナルキッソスにかけたために、泉に映った自分に恋焦がれたあげく死んでしまい、魂がスイセンに変じた…という、悲恋話です。この伝説は多くの芸術作品のモチーフともなっており、19世紀後半から20世紀前半に活躍したイギリスの画家、ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの「エコーとナルキッソス」の絵画には、泉をのぞき込むナルキッソスの足元(右端)に象徴的にスイセンが描かれています。また、漢名の「水仙」は、天に住む「天仙」、地に住む「地仙」など、様々なところにいる仙人のうち、水中に住む仙人のことで、ナルキッソスの伝説が中国に伝わって付いた名であるとの推測もあるようです。ギリシャ神話、水仙の名とともに、水辺に生えるイメージですが、実際にはかなりの乾燥地でも育つ植物です。
▲副花冠がラッパのような形をしているラッパスイセン。スイセンの仲間には様々な園芸種、園芸品種が存在する。 | ▲ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの「エコーとナルキッソス」。右端にスイセンが描かれている。 |
スイセンの仲間は、全草にアルカロイドの一種、リコリン、タゼチンなどの毒成分を含み、誤食すると中毒症状を起こします。中毒症状として嘔吐があるため、結果として重篤な症状になることは少ないようですが、ニラやノビルなどの葉や鱗茎を利用する身近な山菜と間違える場合が多いようです。ニラは葉に匂い(ニラ臭)があり鱗茎をもたない、ノビルは鱗茎が白色で、スイセンの鱗茎は黒色の外皮を持つ、などの特徴があり、慎重に観察すれば、一応見分けは可能なので、少し植物の知識のある方だと「普通、間違えない」と自信ありげに言われる方もおられますが、中毒事例を調べると、スイセンとほかの植物の見分けを完全に間違って採取したケースよりも、サイズの小さなスイセンの葉がニラやノビルなどに混入していた、というケースのほうが多いようです。ニラやノビルを採取する頃は、スイセンは花が終わってしまっていますし、まだ小さく、花茎も出ていない小さなスイセンがニラやノビルの群生の中に混生していても、気付くことはかなり難しいものと思われます。スイセンに限らず、山菜を楽しむ場合には、自分の同定能力に自信があっても、混入に気づいていないかも、と思って、採集した後でも、慎重に観察することが大切です。
(2020.2.22)
▲左から、有毒のスイセン(鱗茎の黒い外皮は剥がれている)、鱗茎のないニラ(食用)、鱗茎のあるノビル(食用)。 | ▲ノビルに混生するスイセン(赤矢印)。見分けを間違えた、というより、混入に気づかない中毒事例が多いようだ。 |