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おかやまの植物事典

サギソウ(ラン科) Pecteilis radiata

環境省レッドリスト2019:準絶滅危惧/岡山県レッドデータブック(2009):絶滅危惧Ⅱ類

純白の花が空を舞う白鷺を思わせるので「鷺草」と呼ばれ、古来、園芸植物としても親しまれてきた花である。 盛夏、湿原の中に開花しているサギソウ。本種が生育する場所は良好な湿原植生と言える。
▲純白の花が空を舞う白鷺を思わせるので「鷺草」と呼ばれ、古来、園芸植物としても親しまれてきた花である。 ▲盛夏、湿原の中に開花しているサギソウ。本種が生育する場所は良好な湿原植生と言える。

 
サギソウは、日当たりのよい湿地に生える高さ15~40cmほどの多年草で、岡山県では7月下旬~8月下旬頃の盛夏に茎頂部に直径3cmほどの純白の花を1~3輪咲かせます。本種は湿地の中でも比較的貧栄養な環境に生育することが多く、本種が生育する場所は良好な湿原植生であると言えます。花の下には長さ3~4cmの緑色で筒状の「距(きょ)」という器官が伸びており、距の内部には蜜が溜まっています。白鷺の姿をした花弁(唇弁)の付け根に距の開口部があり、その上についている「ずい柱」という器官の左右に花粉のかたまり(花粉塊)が収納されている「葯室」と呼ばれる部分と柱頭(雌しべ)が1組ずつ配置されています。

花の下部には、3~4cmほどもある距が伸びている。距の内部には蜜が溜まっており、昆虫を引き付ける。 鷺の形をした唇弁の付け根に距の開口部があり、その左右に雄しべ(上の黄色部分)と雌しべが配置されている。
▲花の下部には、3~4cmほどもある距が伸びている。距の内部には蜜が溜まっており、昆虫を引き付ける。 ▲鷺の形をした唇弁の付け根に距の開口部があり、その左右に雄しべ(上の黄色部分)と雌しべが配置されている。

 

細長い距の中に溜まっている蜜を吸うには、チョウやガのような長いストロー状の口を持った昆虫でなければなりませんが、これらの昆虫が訪花し、蜜を吸うために距の開口部に頭部を近づけると、葯室の端にある白い球形をした「粘着体」という部分が昆虫の頭部にくっ付き、細い柄でつながっている花粉塊が葯室から引きずり出され、運ばれる…という仕組みになっています。茎、葉はともに無毛で、葉は茎の下部には3~5個付き、茎の下部の葉ほど幅が広く、狭披針形~線形で互生します。地下には直径1~2cm程度で歪んだ俵形~紡錘形の球茎(塊根)があり、球茎から細い送出枝を出してその先端に新たな球茎を作ります。

葯室の端にある白い球状の部分が粘着体。訪花昆虫の頭部に付着すると花粉塊が引きずり出される仕組み。 茎の下部の葉はやや幅が広く、上の葉は幅が狭く線形。写真に写っていないさらに上部には鱗片葉が着く。
▲葯室の端にある白い球状の部分が粘着体。訪花昆虫の頭部に付着すると花粉塊が引きずり出される仕組み。 ▲茎の下部の葉はやや幅が広く、上の葉は幅が狭く線形。写真に写っていないさらに上部には鱗片葉が着く。

和名の由来は、白鷺が羽を広げて飛ぶ姿を思わせることから、「鷺草」とされたものです。同じく鳥の名前を和名に冠する湿性ランであるトキソウ(朱鷺草)と共に山野草の代表格として古くから愛されてきた植物です。「トキソウ・サギソウ」と並べ立てられることも多いためか、当園に見学に来られる方の中には、2種が同じ時期に咲くと勘違いされている方もしばしばおられますが、トキソウの花期は5月頃のため、同時には見られません。「トキソウはG.W.過ぎ、サギソウはお盆休み頃」と覚えておくと良いかもしれません。

岡山県では県下全域の湿地に分布していますが、湿地の開発や乾燥化などによる植生の変化、盗掘などによって減少傾向にあり、環境省レッドリスト2019では「準絶滅危惧」、岡山県レッドデータブック2009では「絶滅危惧Ⅱ類」とされています。本種は2000年発行の環境庁(当時)のレッドデータブックではトキソウとともに「絶滅危惧Ⅱ類」とされていましたが、2007年に公開された環境省の「第3次レッドリスト」では、「準絶滅危惧」と1つランクが下げられました(トキソウも同じ)。これは絶滅危惧種として全国で保全活動が行われるようになり、当面の絶滅の可能性が減少したことを反映した結果とされています。

地下には歪んだ俵型~紡錘形の球茎があり、送出枝の差先端に新たな球茎を作る。 本種とともに鳥の名を冠した湿性ランとして親しまれるトキソウ(朱鷺草)。こちらの花期は5月頃である。
▲地下には歪んだ俵型~紡錘形の球茎があり、送出枝の差先端に新たな球茎を作る。 ▲本種とともに鳥の名を冠した湿性ランとして親しまれるトキソウ(朱鷺草)。こちらの花期は5月頃である。

 

ほんの少しだけ絶滅の危機から遠ざかったサギソウですが、保護の機運の高まりとともに、困ったことも起きています。本種は比較的栽培が容易であるため、古くから盛んに栽培され、様々な園芸品種も作出されていますが、岡山県下の自然の湿地において、葉に白い縁取りのある「複輪」のサギソウがしばしば見つかっています。岡山県下の野生品には複輪のものはなく、何者かにより園芸品種が持ち込まれたものと考えられています。おそらくは「サギソウを(植えて)増やそう」という善意?でで植えこんだのではないかと思われますが、野生植物の多く、特に本種など湿地性の植物の多くは、地域によって遺伝子が少しずつ異なっている可能性が高く、外見上は見分けがつかずとも、花期や病気への耐性などが少しづつ異なるなど、その性質が異なっていることがあります。外見に特徴のある園芸品であれば見分けて取り除くことも可能かもしれませんが、野生種とまったく見分けのつかない園芸品、あるいは遠く離れた別地方の野生品の場合には、持ち込まれたことにすら気付けないかもしれません。園芸由来や他地域産の株の「植え込み」行為は、その植物の地域の遺伝子の多様性を破壊してしまう行為ですので、「持ち出す」盗掘行為と同様に、「植え込み」行為は厳に慎むべき行為と言えるでしょう。

(2019.8.24 改訂)

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