岡山県レッドデータブック(2009):準絶滅危惧
▲春、葉と花序は同時に出現する。花序は「あぶみ」に似た形状で淡緑色の縞模様があり、外側は緑色、内側は黒紫色であることが多い。 | ▲葉は花序よりも高い位置まで伸び、開花中に展葉する。小葉はサイズの大きな個体だと30㎝ほどにもなる。 |
ムサシアブミは、関東地方以西の本州、四国、九州、沖縄に分布する高さ30~60㎝ほどの多年草です。国外では韓国の南部や中国、ベトナムにまで分布しています。南方系の植物であり、主に沿岸地域の湿った林内に生育するとされます。生育する地域の気候条件にもよりますが、中国地方では3~4月頃、地下にある球形の塊茎(芋)から葉と花序を同時に地上に出現させます。葉と花序は、短い偽茎(葉の一部がまとまって茎のようになったもの)から出て、葉は通常2個、斜上する葉柄の先に3枚の柄のない小葉があります。小葉は最初は筒状に巻いた状態で出て、開花中に展開します。小葉は上面には光沢があり前縁で先は細くとがります。花序の柄は短く、葉よりも低い位置に着きます。花序の仏炎苞(ぶつえんぽう:形状が不動明王などが背中に背負う炎=仏炎を連想させるため)と呼ばれる部分は、両面に白色に近い淡緑色の縞模様があり、外側が緑色、内側は黒紫色になります。地域によっては内側も緑色になる個体がありますが、岡山県周辺では内側は黒紫色の個体が多いようです。仏炎苞の内部には付属体と呼ばれる棒状の器官があり、雄しべや雌しべはこの付属体の下部に多数が付いており、雌花の場合は花後、仏炎報が枯れ落ちて、トウモロコシ状の果実が姿を現し、秋に赤く熟します。また、地下の球茎は盛んに子芋を作り、子芋を植えることで簡単に増殖することができます。
▲花序の内部には白色で棍棒状の付属体と呼ばれる器官がある。雌しべや雄しべはこの下部につく。 | ▲ムサシアブミの若い果実。株が小さいうちは雄性花、株が大きくなると雌性花を咲かせる。 |
本種をはじめとするサトイモ科テンナンショウ属の植物の多くは、株が小さいうちは雄性花のみを咲かせ、株が大きくなって球茎に十分に養分が蓄積されて初めて雌性花を咲かせる、性転換をする植物です。特に本種は株が大きくなってくると、小葉も非常に巨大になり、長さ30㎝、幅20㎝ほどにも達することがあります。それが3枚ありますので、直径は60㎝ほどにもなります。薄暗い林下でも本種の大きな艶のある葉は離れた場所からでも良く目立ち、まず間違えることはありません。目立つことが災いしてか、盗掘されることも多く、岡山県レッドデータブック(2009)においては準絶滅危惧とされ、存続を脅かす要因のひとつとして「業者・マニア採取」が挙げられています。
ムサシアブミは、「武蔵鐙」と書きます。「鐙(あぶみ)」とは、馬に乗る際に足を置く馬具のことですが、本種の仏炎苞の形状(おそらくは黒紫色の仏炎苞内部の色も)が「あぶみ」に似ており、「あぶみ」は馬が多く飼育されていた武蔵の国(関東地方)の道具であるということから名付けられたと推測されます。名前からの連想で本種が主に関東地方に分布する植物であると思われている方もしばしばおられますが、関東地方にはほとんど分布していない植物です。ただし、茨城県のレッドデータブックでは危急種にランクされているなど、少ないながらも生育しているようです。南方系の植物ではありますが、冬期には地上部を枯らして地下の球茎のみで越冬するため、かなり寒い地域でも生育できるようです。岡山県では乾燥する瀬戸内沿岸地域には分布せず、冬期には積雪があるような県中~北部の主に石灰岩地に分布しています。
当園では、1980年頃に岡山県内産の種子を寄贈して頂き、実生繁殖させたものを温室内で栽培していますが、ポットから子芋がこぼれたか、いつの間にか温室の地面から芽生えたものが葉が通路をふさぐほどに大きく成長しており、毎年多くの花を咲かせています。
(2014.3.23)
▲岡山県下では石灰岩地質の場所に生育することが多く、沿岸よりも中部以北に多い。写真は岡山県北部の石灰岩地の林床に生育する本種。 | ▲岡山県真庭市粟谷の「蘆穂神社」に奉納されていた絵馬に描かれていた騎馬武者の絵。赤丸部分が「あぶみ」。 |