環境省レッドリスト2020:準絶滅危惧 / 岡山県版レッドデータブック2020:絶滅危惧Ⅰ類
▲日当たりが良く比較的富栄養な水辺に生育する。 花は一日花で雌しべと大型の青紫色の雄しべの位置が逆の2型がある。 | ▲訪花したアブの一種。 本種の花は蜜腺がなく、黄色の雄しべの花粉は昆虫への報酬となっているのではないかと考えられている。 |
ミズアオイは水田や沼地など、日当たりが良く比較的富栄養な水辺に生育する高さ20~70cm、大きいものでは100cm程度になる1年生の抽水植物(水底に根を張り、植物体上部が水面上に出るタイプの水草)で、北海道・本州・四国・九州に広く分布しますが、各地で生育地が減少しており、環境省RL2020では「準絶滅危惧」とされているほか、多くの都道府県でレッドデータ種とされており、岡山県においても安定して生育が見られる自生地は倉敷市内の1か所のみであることから、岡山県版RDB2020では「絶滅危惧Ⅰ類」とされていると同時に、2004(平成16)年に「岡山県希少野生生物保護条例」による指定希少野生動植物とされ、野生個体の種子などを含んだ採取や損傷が禁止されています。 国外では中国や韓国、シベリア、インドネシアやベトナム、パキスタンなど東アジアに広く分布しています〔Flora of China(1994). eFloras (2008). Published on the Internet http://www.efloras.org [accessed 29 August 2024]〕。
夏から秋にかけて葉よりも高く花序を出し、青紫色で径3cmほどの6弁花を多数咲かせます。 花は朝開いて夕方には閉じる一日花です。 花には1本の雌しべと6本の雄しべがありますが、6本の雄しべのうち1本は大型で葯は濃い青紫色、花糸に大きな突起があって花の中心より下方に伸び、残り5本の雄しべは小型で葯は黄色、花の中心より上部の青紫の雄しべがある側とは逆側寄りについています。 雌しべは大型雄しべが右側にある場合は花の左側に、大型雄しべが左側にある場合は花の右側に伸びます。 つまり、本種の花序には鏡に映したような位置関係の2タイプの花が混在している状態です。 本種の花には蜜腺がなく、花の蜜で昆虫を誘引しているわけではないため、目立つ小型(黄色)雄しべの花粉は訪花昆虫への蜜代わりの報酬としての役割があり、大型雄しべの葯や花糸の突起は訪花昆虫が花にとまる際の足場の役割も果たし、訪花昆虫が花にとまった際の姿勢をある程度コントロールすることで、たとえば大型雄しべが左側にある花では、大型雄しべの花粉は昆虫の体の左側に付きやすくなり、同じタイプの花同士(雌しべが花の右側)では受粉しにくく、左側に雌しべがあるもう一方のタイプの花に訪花した場合に受粉しやすくする、つまりは他花受粉の可能性を高める、という仕組みであるようです。 ただし、本種では同じ花茎に両方のタイプの花が付くため、ひとつの花での自家受粉の場合と遺伝的には同じことである、同じ個体の花同士での受粉が発生しやすいことから、この仕組みは不完全なものと考えられています(汪・三浦・草薙. 1995. ミズアオイの花の鏡像二型性と送粉様式に関する研究. 植物分類・地理 46(1):55-65 , 榎本敬.2010.ミズアオイの形態と生態. しぜんしくらしき72:2-3)。
▲果実は長さ1~2㎝ほどの3稜のある三角錐型。 水中に沈んだのちに裂開する。 写真は左から裂開の段階順に並べたもの。 | ▲果実は落果直後は水に浮く。 水中に沈んで裂開した果実から放出された種子もいったん水に浮いて拡散したのち、再び沈む。 |
果実は長さ1~2㎝ほどの3稜のある卵型(三角錐型)をしており、開花の時期にもよりますが多くは秋~晩秋にかけて成熟します。 果実が熟す頃になると花茎は自ら倒伏し、果実は半ば水に浸かったような状態で成熟します。 熟した果実は果柄の部分からポロリとはずれて水に落ちますが、落果直後の果実は水に浮き、しばらく水面を漂ったのち、水中に沈みます。 沈んでから数日~1週間程度で、果実はまるで花のように裂開して、長さ2㎜ほどの俵型をした種子を多数、放出します。 種子はいったん水面に浮上して拡散したのち、再び水中に沈んで休眠します。
▲ミズアオイの幼苗(5月下旬)。 芽生え~幼苗の時期は葉が披針形をしており、水面に浮かぶが、成長するに従い、立ち上がる。 | ▲成葉は4~15cmのハート形(心形)となり、ウマノスズクサ科のフタバアオイを思わせる姿となることから「水葵」の名がある。 |
春、芽生えたばかりの時期の葉は細く、先が尖ったササの葉のような形(披針形)をしていて、浮葉植物のように葉が水面に浮いていますが、成長するにしたがい水上に立ち上がり、成葉になると4~15cmのハート形(心形)となります。 この成葉の形がウマノスズクサ科のフタバアオイを思わせることが「水葵」の名の由来です。 なお、本種の古名をナギ(菜葱/水葱)といいますが、本種と同属で姿がよく似ているため、しばしば本種と間違えられる植物で普通種のコナギ M. vaginalis という植物がありますが、コナギは「小菜葱(小さいナギの意)」の名の通り、全体に小型で、花序は葉より低いか、同じぐらいの高さまでにしかならず、花が小さくまとまって着き、花数も少ないという違いがあります。「菜」や「葱」の字があてられているのは、かつて本種とコナギが食用とされていたためとされます。
▲倉敷川畔の自生地は本種が安定して生育する県下唯一の場所となっており、保全活動とともに毎年、観察会も開催されている。 | ▲本種と同属のコナギ M. vaginalis 。 こちらは普通種。 全体的に小型で花序は葉より低く、花が小さくまとまって着き、花数も少ない。 |
倉敷市では、児島湖の締切り以前には、市内を流れる倉敷川や吉岡川は干潮時には川底が露出するほど水位が下がり、川岸に本種が大群生していたといいます。 しかし児島湖の締切り後は川の水深が深い状態で安定したため、本種は姿を消し、岡山県からは絶滅したかと思われていました。 しかし1987年、当時の岡山大学資源植物科学研究所(現 資源植物科学研究所)の榎本敬先生らが倉敷川の河川敷で偶然開花していた個体を再発見し、当時、「倉敷の自然をまもる会」の会長であった重井博 前創和会理事長(故人)とともに保全活動を展開しました。 この倉敷川の自生地は、近年はヌートリアやスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)など外来生物による食害が新たな脅威となっていますが、現在でも、当園や倉敷市立自然史博物館友の会、倉敷市や岡山県などによる懸命な保全活動が続けられており、この場所は岡山県で唯一の本種が比較的安定して生育する場所として保全されています。
(2024.9.7 改訂)