環境省レッドリスト2020:該当なし / 岡山県版レッドデータブック2020:絶滅危惧Ⅱ類
▲日当たりが良い山地草原に生育する。 7~8月ごろ、高さ1mほどの分枝した花茎の先に橙色の花をまばらに咲かせる。 | ▲花は直径4cmほど、橙色に濃い朱色の斑がある。 外花被片と内花被片はほぼ同形で、他のアヤメ属の植物の花とは大きく異なる。 |
ヒオウギは日当たりのよい山地草原に生育する高さ1mほどになる多年草です。 北海道をのぞく沖縄までの日本全国に分布し、岡山県でも真庭市、新見市、高梁市など県北西部の石灰岩地帯などにまれに自生するとされています(岡山県野生動植物調査検討会.2020.岡山県版レッドデータブック2020 植物編.岡山県環境文化部自然環境課.p.120)。 夏に京都で行われる祇園祭りの際には、厄除けとして、軒先などに生け花などにして飾る風習があるなど、古くから親しまれ、栽培されることも多い植物であるため、自生品なのか、栽培逸出(逃げ出し)なのかの判断が困難な場合が多く、実は岡山県では確実に自生であると言える生育地はほとんどありません。 国外では、朝鮮半島・中国・・東南アジア・インドに分布するとされます(大橋広好・門田裕一ほか編.2015.改訂新版 日本の野生植物1.平凡社.p.234)。
花は当園(倉敷市)では7~8月ごろにかけて咲きます。 花茎は上部がいくつかに分枝して高さ0.5~1mほど、枝先に直径4cmほどの橙色に濃い朱色の斑が散らばった6弁の花をまばらに咲かせます。 花の形状は、大型で垂れ下がった形状の外花被片と小型で直立する内花被片、平たく花弁状になった花柱を持つ他のアヤメ属の花とは大きく異なり、外花被片と内花被片はほぼ同形で花は上方に向かってほぼ平開します。 花を正面からよく見ると、外花被片3枚と内花被片3枚は微妙に形状が異なることが分かります。
▲本種の花に訪花したナミアゲハ。 アヤメ属とは思えない花の形は訪花昆虫の違いを反映していると考えられる。。 | ▲花は朝に咲いて夕方には閉じる一日花。 花弁は閉じたあと、雑巾のように強くねじれ、果実の先に付いたまま長く残る。 |
本種は以前は Belamcanda chinensis の学名が使用され、アヤメ科ヒオウギ属とされていましたが、近年の遺伝子解析による研究の結果、アヤメやカキツバタなどのアヤメ属の植物にきわめて近縁であることが分かり、アヤメ属として扱われるようになっています。 一見、アヤメ属とは思えない形状の花ですが、これは他のアヤメ属の花がハチやアブのような外花被片と花弁状の花柱の間に潜り込むタイプの昆虫に送粉してもらうことに適した構造になっているのに対して、本種の場合はアゲハチョウの仲間などが良く訪花・吸蜜しており、主な送粉昆虫の違いを反映した花の形態になっていると考えられます。
花は朝に開花し、夕方にはしぼむ一日花ですが、毎日のように次々と咲くため、花は比較的長い期間見ることができます。 面白いことに、花が終わった後、花弁はまるで絞った雑巾のように強くねじれ、そのまま果実の先に長く残っています。 開花前のつぼみは特にねじれておらず、開花後にのみ強くねじれるのは非常に興味深いのですが、理由はよくわかっていません。 すぐに花弁を落としてしまうのではなく、かたくねじった形で花弁を宿存させることで、花弁に残った水分や養分を回収、再利用しているのではないかと思われます。
▲果実は長さ3cmほどの俵型だが、秋には裂開して光沢のある黒色の種子が露出する。 この種子のことを「ぬばたま」と呼ぶ。 | ▲葉や茎は粉白色を帯び、葉は扇状に重なり合って付く。 この葉の様子をヒノキの扇に例えた。 |
果実は長さ3cmほどで薄緑色の楕円形(俵型)をしており、秋に果皮が裂開し、直径5mmほどで黒く光沢のある球形の種子が露出します。 この種子のことを「ぬばたま(うばたま/むばたま)」といい、和歌などで、黒、夜、闇、髪など黒いものにかかる枕詞として使われ、古くは「古事記」にも「奴婆多麻」と書かれて登場します。 漢字では種子がカラスの羽のようにつやのある黒色であることから「烏羽玉」または「野羽玉」との字が当てられており、「うばたま」が「ぬばたま」に変化したと解説している図鑑もありますが、万葉仮名の表記からすると、「ぬばたま」が本来で、漢字は発音に後から当てたものと考えるのが適当なようです。 「射干玉」と書いて「ぬばたま」と読むこともありますが、「射干(やかん/しゃかん)」とは本種の根茎を乾燥した生薬(扁桃炎や去痰に用いる)を指す漢名ですので、単に読みをあてただけの表記だと思われます。
▲地下の根茎は肥大し、乾燥させたものを生薬「射干」として利用する。 根や根茎の断面は黄色味を帯びている。 | ▲和名は「緋扇」ではなく、葉の様子をヒノキの薄板の「檜扇」に例えたもの。 写真はひな人形のお雛様の持っていた「檜扇」。 |
葉や茎は緑色で全体に粉白色を帯び、葉は扁平な剣状で、根元から2列になって重なり合うように互い違いに着き、扇状に広がった形となります。 和名の「ひおうぎ」は、花の色味から、「緋扇」だと思われている方がわりと多いのですが、正しくは扇状の葉の様子を、ヒノキの薄板を綴り合せて作った「檜(桧)扇」に例えたものです。 本種の園芸品種にはかなり赤色の濃い品種もあるため、そのことも誤解を生みやすいのかもしれません。 また、同じアヤメ属の植物で、北海道や本州北部の湿原などに生育するヒオウギアヤメ I. setosa が時に山野草として栽培されるため、そちらと混同されている方もおられるようです。。
(2024.8.10 改訂)