▲晩秋から冬にかけて、直立した胞子葉を伸ばす。 胞子葉の様子が花の穂を連想させるので、ハナワラビと呼ばれる。 | ▲栄養葉の大きさ、形状は変異が大きいが、3出状に3~4回羽状に深裂することが多い。 葉は秋~春に展葉し、夏には枯れる。 |
フユノハナワラビは、東アジアの温帯下部から暖帯に広く分布し、日本では北海道、本州、四国、九州にかけてのやや日当たりの良い雑木林の林床や林縁、原野や路傍の草地などに比較的普通に生育する、多年生のシダ植物です。 “ワラビ”と名前に付いていますが、山菜として知られるワラビ Pteridium aquilinum subsp. japonicum(コバノイシカグマ科)の仲間ではなく、ハナヤスリ科という、別の科に分類されます。
本種は光合成を行うための栄養葉と、胞子を付けて散布するための胞子葉という2種類の葉をそれぞれ年に1枚ずつ付けます(個体の生育状態によっては胞子葉がないこともあります)。 栄養葉の大きさや羽片の形状などは変異が大きく、様々な姿になりますが、葉身の長さは5~10cm、幅8~12cm程度、濃緑色で質はやや厚め(革質)です。 3出状、3~4回羽状に深裂して、おおむね3角形あるいは5角形状となり、地面すれすれの位置に秋から翌春まで展葉しています。 胞子葉は晩秋から冬にかけて出現し、直立して高さ15~30cm程度になり、2~3回分岐した枝が円すい状の穂となっています。 枝には球状の胞子嚢(ほうしのう:胞子が詰まった袋。 植物学用語では胞子嚢群をソーラスと呼ぶ。)が密に2列に並んでついており、天気が良く乾燥した日などにはじけ、胞子葉が風で揺れたりした際に、微細な胞子を散布します。 胞子葉は、スギナ Equisetum arvense の胞子茎(ツクシ)と同様に、胞子を散布し終わった後には、急速に萎れて枯れてしまいます。
▲胞子葉は2~3回分岐した枝(2~3回羽状)が円すい状の穂となっている。 枝には密に2列に並んだ球状の胞子嚢をつける。 | ▲胞子嚢がはじけて微細な胞子を散布する。 胞子葉はスギナの胞子茎(つくし)と同様に、胞子の散布後は急速に萎れて枯れる。 |
本種の栄養葉と胞子葉は地中から別々に出てきているように見えますが、実は地中で1本となっており、この部分は「茎」ではなく、「担葉体」と呼ばれます。 本種の担葉体は長さ2~4cm程度で、その下に太い根が多数ついています。 スギナやワラビなどのように、地下茎を伸ばして栄養繁殖で増殖するようなことはないため、群生することはあまりありませんが、長年にわたって定期的に草刈りや落葉かきが行なわれ、草丈が低い状態で保たれているような環境では、同所に非常に多くの株が生育していることもあります。
▲地下部を掘り上げた様子。 栄養葉と胞子葉の葉柄は地中で1本となっている。 1本となった部分は「担葉体」と呼ばれる。 | ▲頻繁に草刈りが行われて草丈が低く保たれているような草地では一面に群生することもある。 (2013年10月 岡山市北区にて撮影) |
和名は、冬頃に出現し、胞子葉の姿があたかも小さな花が穂状に咲いているように見えることから、「冬の・花蕨」と呼ばれます。 寒い時期に出現することから「寒蕨(かんわらび)」の別名もあります。 この場合の「蕨(わらび)」は、植物分類上のワラビの仲間を意味しているわけではなく、シダ植物である、という程度の意味だと思われます。 ちなみに本種の仲間(ハナワラビ属)の植物は温帯に約50種、日本に13種2変種(海老原淳 著.2016.日本産シダ植物標準図鑑Ⅰ.学研プラス.p.290)あり、その中には夏に胞子葉が出現する、ナツノハナワラビ(夏の花蕨) B. virginianum という種もあります。 属の学名であるBotrychiumのBotrys は、ラテン語で「ブドウの房」を意味しており(田中秀央 編.1952.羅和辞典.研究社.p.76)、球状の胞子嚢が密に付くハナワラビ属の胞子葉の特徴を、種小名の ternatum は「3出の」という意味で(豊国秀夫 編.1987.植物学ラテン語辞典.至文堂.p.199)、本種の栄養葉の形状の特徴を示しています。 また、科名のハナヤスリとは、「花・鑢(金属を削るやすり)」の意味ですが、ハナヤスリ属の胞子葉は、ハナワラビ属のように分枝せず、棒ヤスリに似た形状をしていることに由来します。
▲ナツノハナワラビ B. virginianum 。 本種とは対照的に、夏(6~7月頃)に胞子葉が出現し、冬には地上部は枯れる。 | ▲ハナヤスリ属の一種。 科名はハナヤスリ属の胞子葉が棒ヤスリを思わせる形状をしていることが由来。 |
当園では湿地エリアの観察路周辺や温室エリアの一部に自生のものが生育しており、秋、花が少なくなってきた時期の見学者の観察対象となっています。 見学者からは「ワラビ」という名前から、「食用になるのか?」との質問も良く受けますが、実は、本種もワラビやツクシのように、胞子葉を食用とするとされます。 しかし、ワラビやツクシのように群生することはめったにないため、おかずになるほどの量を採集するのはかなり難しいですし、試しにゆでて食べてみたところ、かなり繊維がかたく、おいしいとは言い難い食感でした。 天ぷらなど調理法によってはおいしく食べられるのかも知れませんが、漢名(中国名)では「陰地蕨(いんちけつ)」と呼ばれ、全草を刈り取って干したものを煎じて腹痛や下痢の生薬としますので、生薬としての利用があることから「食べられる」とされたものかもしれません。 そのほかの利用としては、本種の仲間は草姿が面白く、「冬蕨」「寒蕨」は俳句の冬の季語ともなっているため、季節感のある山野草の1種として、鉢植え(盆栽)としてしばしば栽培されることもあります。