その@ カラスアゲハ トカラ列島亜種(アゲハチョウ科) |
トカラ列島亜種(アゲハチョウ科) 鹿児島県トカラ列島諏訪瀬島産のオス2頭(1965.7.23、7.27採集)を所蔵しています。 カラスアゲハの北海道〜九州亜種と比べて緑色の金属光沢が大変強く、一見ミヤマカラスアゲハと間違えるほどの美麗亜種です。トカラ列島の内4島には確実に分布していますが、生息基盤が脆弱なため2004年から採集禁止(厳密には県条例の定めるエリア)になり、現在では極めて入手困難な標本です。 それ以上に驚いたことは、当時の倉敷昆虫同好会の仲間が奄美でもなく沖縄でもなく、目的地にトカラ列島という小さな島を選んだことです。その冒険心には感服します。 |
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そのA 広島県のヒメシロチョウ(シロチョウ科) |
広島県高野町で1964年8月に採集された2オス、1メスの標本があります。 広島県レッドデータブック2011では、1992年以降高野町を最後にその後生息が確認されていないものの絶滅危惧種扱いに留まっています。ただ広島大学では、すでに絶滅したのではないかと分析しているようです。中国地方では島根県仁多町にも記録がありますが、ここは広島県よりも早く絶滅してしまいました。広島県は1994年に採集禁止に指定しましたが、残念ながら姿を消してしまった後でした。全国的にも減少傾向が続いています。
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そのB 沖永良部島(鹿児島県)のコノハチョウ(タテハチョウ科) |
コノハチョウは翅の裏面が枯葉に擬態していることで有名ですが、沖縄県では1969年に県の条例で採集禁止になりました。ところが1981年に沖縄島のすぐ北の鹿児島県沖永良部島で発見され、その後同島に1980年代に定着していったことが確認されました。当館が所蔵している標本は1988年のもので、定着が確認された頃のものです。鹿児島県にはこのチョウの採集を規制する条例はなく、大変貴重な標本になっています。 なお最近、ここより少し北の喜界島でも採集されるようになり、沖永良部島と合わせて、人為的な放蝶なのか、自然分布拡大なのか意見が分かれています。奄美大島では見つかっていません。 |
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そのC 重井博先生の標本 |
しげい病院の創設者であり初代院長であった重井博先生は、幼い頃から自然をこよなく愛し、特に岡山県の昆虫相の解明に力を注がれました。重井先生が中心となって、1951年に倉敷昆虫同好会が、そして1962年に倉敷昆虫館が誕生しました。
当館には先生が採集された標本が多数保管されていますが、最も古いチョウ目の標本は1949年倉敷市鶴形山のクロツバメシジミというチョウで、先生が25歳の時でした。そして最後の標本は1995年のしげい病院内のウスバツバメガで、先生が73歳で逝去される前年のものでした。
若い時から晩年まで昆虫を愛し続けたお姿がうかがえます。そしてこれらの標本は、岡山県のアマチュア昆虫界の歴史が刻み込まれた大切な標本です。 |
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そのD ベニモンカラスシジミ 岡山県での発見当時の標本 |
ベニモンカラスシジミは1957年に愛媛県皿ヶ峰で新種として発見されました。その後、各地で探索されたにもかかわらず見つかりませんでした。しかし、1969年に大屋悟史氏が岡山県新見市草間で採集し、画期的な再発見となりました。2年後の1971年には難波通孝氏が備中町で卵を発見し、これによって生態の解明が一気に進み、九州大学の白水 隆博士によって皿ヶ峰産とは異なる別亜種として発表されました。
当館で保管している2つの標本箱は、難波氏が新亜種のデータを集めるために1971年に岡山県西部で採集したもので、彼の生態解明への強い熱意が感じられます。これらの研究が引き金になって隣県の広島県だけでなく、紀伊半島や静岡県〜長野県での発見に繋がっていきます。残念ながら皿ヶ峰産は1968年を最後に絶滅してしまいました。 |
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そのE 倉敷昆虫館のチョウで最も古い標本 |
1940年7月28日に沖縄県石垣島で採集されたヤエヤマムラサキのオスが最古の標本です。80年前の標本ですが、保存状態は悪くありません。残念ながら採集者は記録されていません。太平洋戦争が勃発する前年であり、誰がどのような経緯で石垣島に渡り、そしてこの標本がなぜ本館で保管されているのかまったく不明です。
次に古い標本は1946年9月16日に小野洋氏が倉敷市鶴形山で採集したヒカゲチョウです。終戦の翌年の採集であり、その後は一気に標本数が増えていきます。そして1951年の倉敷昆虫同好会の結成へとつながっていくのです。 |
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そのF
五十嵐邁氏のベンゲットアゲハ |
ベンゲットアゲハはフィリピンルソン島の2000m以上の高原部のみに分布する特産種です。独立種なのか、日本でもおなじみのアゲハの亜種にすぎないのか論争が絶えませんが、どちらにせよ大変魅力的なチョウです。
当館が保管しているのは1頭だけですが、そのラベルを見て驚きました。世界のアゲチョウ科の研究者として有名な五十嵐邁博士の名前があったからです。東京大学の五十嵐邁コレクションの中に当館と同じラベルのベンゲットアゲハが9頭あることから、五十嵐氏ご自身がルソン島で採集されたものではないかと思っています。
残念ながら2008年に83歳でお亡くなりになりました。私たちチョウの愛好家にとって、このラベルが付いた標本はお宝ですお宝です。
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そのG
大雪山山系の高山チョウ3種 |
北海道大雪山系のチョウとして有名なキイロウスバアゲハ(ウスバキチョウ)、アサヒヒョウモン、ダイセツタカネヒカゲの3種は、北海道の純粋な高山チョウということができます。厳密には大雪山系だけではなく、十勝連峰や日高山脈のごく一部にも分布しています。世界の分布を見ると3種とも北極圏のチョウであり、北海道はその最南端にあたります。これらの種は1965年に国の天然記念物に指定されたため、現在は採集禁止になっています。
当館にはキイロウスバアゲハ3頭、アサヒヒョウモン4頭、ダイセツタカネヒカゲ6頭保管されていますが、すべて天然記念物指定以前のものであり、大変貴重な標本です。発生期が重なる7月に大雪山に登ると、この3種によく出会うことができます。いつまでも自然環境が維持されることを願っています。 |
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そのH アサヒナキマダラセセリ |
今まで沖縄県石垣島の独立種と扱われてきましたが、最近の研究でユーラシア大陸のウスバキマダラセセリの亜種であるという説が有力になってきました。
石垣島では於茂登岳(525m 沖縄県最高峰)の山頂付近に広がるリュウキュウチクを食草としており、氷河期に大陸から渡ってきて、その後この島の山頂部に取り残された遺存種だと考えられています。西表島などでも記録があります(偶産蝶から訂正しました)。1978年に沖縄県の天然記念物に指定され、現在は採集できません。
当館が保管しているのは1973年に於茂登岳で採集された2頭のメスです。生息基盤が極めて脆弱であることから絶滅が心配されます。 |
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